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福岡地方裁判所 昭和32年(行)9号 判決

原告 長尾豪

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 中村盛雄 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告の昭和二八年度分純損失の繰戻による所得税額の還付請求に関して被告が昭和三二年三月四日附でなした原告の審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和二七年、同二八年当時は個人として炭鉱を営み、青色申告の承認も受けて日野、位登の両炭坑を経営していたが、そのうち日野炭坑の事業は昭和二七年までは改正前の所得税法(以下単に法という)第二〇条第一項による免税事業であつた。

二、しかして昭和二七年度における原告の所得金額は

(イ)  課税所得金額         二二、二九二、四八四円

(ロ)  免税事業上の所得金額     五〇、九二七、九一六円

(ハ)  右の合計額          七三、二二〇、四〇〇円

(ニ)  課税所得金額に対する所得税額 一二、一九六、九三〇円

であつた。

三、ところが昭和二八年度において原告の事業は多大の欠損を生じ、原告の総所得金額の計算において

(ホ) 純損失金額          三一、四九五、四六九円を生じた。

四、そこで、原告は法第三六条第一項に基き、昭和二九年三月一一日に田川税務署長に対し昭和二八年度分純損失金額のうち二二、〇二九、七四五円を昭和二七年度分の課税所得に繰戻し、右法条に従つて計算すると昭和二七年度の所得税額(第二項(ニ)の全額)が還付されるべきであるとして還付の請求をした。

五、しかるに、同税務署長は昭和二九年七月二八日附にて還付すべき税額は五、二七三、九六九円であること、その理由は昭和二八年度分純損失金額を昭和二七年度分課税所得にのみ繰戻すのは誤りであつて、昭和二七年度分免税所得にも繰戻すべきである。すなわち昭和二八年度分純損失金額を昭和二七年度分課税所得金額(第二項(イ))と同年度分免税所得金額(第二項(ロ))とに按分して

(ヘ) 昭和二七年度分課税所得金額に対し繰戻す金額 九、五八九、〇二五円

(ト) 同年度分免税所得金額に対し繰戻す金額 二一、九〇六、四四四円

を算出し

(チ) 右(イ)より(ヘ)を差引いた課税所得金額 一二、七〇三、四五九円

(リ) 右に対する税額 六、九二二、九六一円

であるから

(ヌ) 昭和二七年度分所得税額(第二項(ニ))と右税額(リ)との差額 五、二七三、九六九円

が還付すべき金額である旨の決定をなし、これを原告に通知した。

六、しかしながら右処分は以下の理由により違法である。

(一)  法第三六条、第一三条にいわゆる「課税総所得金額」のうちには法第二〇条第一項の免税所得金額を含まないものと解すべきである。

なるほど免税所得も申告書に免税に関する事項の記載がされているか、または税務署長において特別の事情があると認めた場合でない限り課税される(同法施行規則第一八条)のであるから法第六条の非課税所得とは異り一応「課税の対象たり得る所得」ではあるけれども、右のことから直ちに課税所得であり従つて法第一三条、第三六条の「課税総所得金額」のうちに免税所得金額をも含むと論断するのは余りに形式論理に過ぎ、法の趣旨を無視するものである。

いま、仮に右「課税総所得金額」中に免税所得金額をも含むという解釈に従つて法第三六条を文字通りに適用すると次のような結果となる。すなわち本件における

(a)  昭和二七年度課税総所得金額 七三、二二〇、四〇〇円((イ)(ロ)の合計額)

(b)  右に対する税額は概算 四〇、〇〇〇、〇〇〇円

(c)  右の課税総所得金額から昭和二八年度分純損失金額を控除した残額 四一、七二四、九三一円((a)(ホ)の差額)

(d)  右に対する税額は概算 二二、七四〇、〇〇〇円

であるから

(e)  還付すべき税額は概算 一七、二六〇、〇〇〇円((b)(d)の差額)

となつて、原告は納付ずみの昭和二七年度分所得税額全額の還付を受けられることとなる。

ところが原処分庁を含む税務当局は、所得税額の算出方法について、課税標準の計算上は免税事業上の所得も一応総所得金額の中に合算してこれを基準として各種の所得控除を行つた後の金額を法第一三条の「課税総所得金額」としてこれに対する税額を一応算出し、そのうちから免税業務より生じた所得に対する税額を免除すべきものとし、右免除すべき税額は免除所得が総所得金額のうちに占める割合を総所得金額に対する税額に乗じて得た数額とすべきである(いわゆる按分説)とし、本件も右方法に従つて処理されたのであるが、かかる解釈によるならば超過累進税率の関係上免税業務を併せ経営する個人は免税事業によつて所得をあげるとその所得についても幾らかの課税をされる結果となり、これは法第二〇条の「その業務から生じた所得に対する所得税を免除する」との明文に反するというべきである。けだし同条の趣旨は、重要物産等を保護育成し、事業の基礎を作らせんがため、その事業上の所得に対し(免税申告等がなされる限り)一切課税しないというにあるからである。また、原処分庁の方法に従えば法第九条第二項の損益通算においても右同様の不合理が生ずることとなる。

もつとも昭和二九年四月政令第六三号をもつて法施行規則第一七条の二が加えられ、按分説が立法化されるに至つたけれども本件処分は右施行前になされたものであるからその適用はない。されば、法第三六条、第一三条は免除所得を包含しない普通の場合を予定して規定されたものであり、免除所得が存する場合はこれをその他の課税所得から切離し、右各条の課税総所得金額中には免除所得を含まないものと解すべきである。

(二)(1)  今年度の純損失が免税業務から生じ、かつ前年度に免税業務から生じた所得がある場合には、先ず今年度の純損失金額と前年度の免税所得金額とを相殺してなお損失が残る場合に限りその残額を課税総所得金額(非免税所得金額)から控除して税額を算出し

(2)  今年度の純損失が非免税業務から生じた場合、或いは免税業務から生じたものであつても前年度に免税所得が存しない場合にはその全額を課税総所得金額(非免税所得金額)から控除して税額を算出し

もつてそれぞれの税額と前年納付の税額との差額を還付すべきである。何故ならば、およそ法第三六条の趣旨は或る期間に所得があるからとして税を徴収しておきながら他の期間に損失が生じてもこれを度外視するのは酷であるから「当該年度の純損失の全部または一部を前年に生じたものと仮定して」税金額を算出した上で前年の税金額との差額を還付する点にあるのであるから、免税業務上の純損失は前年の免税業務上に損失を生じたものと仮定して、これを先ず免税所得に繰戻すべく、また非免税業務上の純損失は前年の非免税業務に損失を生じたものと仮定して、非免税所得にのみこれを繰戻すのが正当な取扱いといわなければならないからである。今年度の免税業務上の純損失を課税総所得金額(非免税所得金額)から全額控除することは、免税事業者を余りに利益し過ぎて却つて法の趣旨に反する結果となるので許されない。

(三)  従つて、仮りに被告主張のように、法第三六条の課税総所得金額中に免税所得を含むとしても、同条の純損失の按分繰戻しについては前記(二)に準じた取扱いをするのが正当である。すなわち純損失が免税業務より生じたものであれば先ず前年の免税所得に繰戻し、また非免税業務より生じたものであれば前年の非免税所得に繰戻し、それぞれその残額を算出し、もし免税所得、非免税所得のいずれもその残額が存在する場合に、右両者の合計額に対する税額を求めてこれを両所得の比で按分し、非免税所得に対する税額を算出してこれと前年度納付税額との差額を還付すべきこととなる。

これを本件についていうならば、昭和二八年度の純損失はすべて非免税業務上の損失であるから

(ル) 昭和二七年度課税所得金額と昭和二八年度純損失金額の差額 二六二、七三九円((イ)、(ホ)の差額)

(ヲ) 右金額と昭和二七年度免税所得金額との合計額 五一、一九〇、六五五円((ル)、(ロ)の合計額)

右(ヲ)に対する税額を求めてこれを(ロ)、(ル)の比で按分し(ル)に対する税額と前年度の課税額(ニ)との差額を還付すべきこととなる。

(四)  しかるに原処分庁は、課税総所得金額(ハ)より純損失を控除した残額((ヲ)と同額)に対する税額を求め、これを慢然と前年度の(イ)、(ロ)の比で按分し、右計算による(イ)に対する税額と前年度の課税額(ニ)との差額を還付すべきだとしたものであつて、これは前記のとおり純損失を前年に生じたものとして観察計算するという法第三六条の趣旨を無視したものであつて全く合理的根拠を欠くものである。

七、そこで原告は右処分を不服として昭和二九年八月二一日法第四八条第一項但書第四九条により被告に対し審査請求をしたところ、被告は昭和三二年三月四日附で原処分庁の行つた処分に誤りは認められないから右審査請求を棄却する旨の決定をなし、同年三月六日原告に対しその旨を通知した。

よつて原告は被告のなし右処分にも前記同様の違法があるとしてその取消しを求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ

被告の主張に対し

一、被告の誤謬は、前年度の免税額の算出のために免税所得を一応総所得金額に加算したことを法第三六条の「課税総所得金額」の解釈に持込んだことに起因しているものと考える。

仮りに免税額算出のために右便法が許されるとしても、それは単に免税額算出のための技術的方法に過ぎず、その計算の基礎たる「総所得金額」は、あくまで課税計算の基礎としてのそれであつて、現実に課税の対象たるべき金額ではない。これに反し、法第三六条は現実に徴収された税金の還付を目的とするものであるから、同条の「課税総所得金額」とは現実に課税、徴収の対象となつた総所得金額のみを指し、免税所得を包含しないものと解すべきであり、両者の間には性格的差異がある。

二、所得税法上の純損失は、各種所得の損益通算の結果得られた一応抽象的な概念ではあるが、実費的には何等かの所得の計算上生じた損害より構成せられているのであるから純損失が実質的性格において免税業務上の損失であるか否かは計算上確定しうるものである。

三、一暦年に生じた純損失の金額を、前暦年に生じた所得金額から控除して所定の計算をなし繰戻し制度自体が既に税法上の期間計算主義の重大な例外をなすものである。

四、今年度の純損失が免税業務上の損失であるか否かにより還付税額につき非常な差異を生ずることはあつても、これをもつて必ずしも不合理、不公平とはいい難いこと前記のとおりである。

仮りに、不合理、不公平であるから純損失はすべて前年度に繰戻すべきであるとすれば、法第三六条、第二〇条の趣旨に照し前全額を前年度の課税所得金額に繰戻し、控除計算すべきである

と述べた。

被告指定代理人及び訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として請求原因事実中第一ないし第五、第七の事実は認めるか、被告の処分が違法であるとの点は否認すると述べ、

主張として

一、(一)法第三六条にいわゆる課税総所得金額には非免税業務から生じた所得はもとより免税業務から生じた所得をも含むのである。すなわち法第二条は、同法第六条その他の法令において非課税たることを定めた所得を除き、居住者のすべての所得が同法の課税対象たる所得である旨明規している。同法第二〇条の免税所得は同法第六条各号のいずれにも該当せず、これに対する所得税の免除は原則として所定の申告書を提出する等の要件を充足した場合にのみ認められるに過ぎない(同法施行規則第一八条)。

(二) 非課税所得と免税所得との相違は法全体における関係各条の位置、態容からも窺われるところである。先ず非課税所得に関する第六条は第二章「課税標準及び税率」の前、すなわち第一章総則中に位置するのに対し、免税所得に関する第二〇条は、右章中の税率および税額計算の特例として規定されている。

(三) 法第二〇条において所得税を免除するというのは、いわゆる債務免除に類似するもので、本来納付すべき所得税の存在を前提とするから他の課税所得と共に本来納付すべき所得税額を算出した上で免除税額を計算するのである。

以上の観点からすれば、免税業務から生じた所得か法第三六条第一三条の「課税総所得金額」のうちに含まれることについてはいささかの疑もない。

二、法第三六条の純損失金額はこれを前年度の免税所得と非免税所得とに按分して繰戻すのが合理的かつ衡平である。

原告主張のように、純損失がいずれの所得上生じたかを区別し、その区分に従い免税業務(または非免税業務)から生じた損失は前年度分の免税所得(または非免税所得)からそれぞれ控除計算するという規定は関係法令上存しないばかりか、そもそも純損失とは法第九条第一項第一号ないし第一〇号に規定する各種所得の損益通算の結果得られた抽象的概念であるからこれについてかかる区分はなし難い。のみならずその適用においても次のように不合理な結果を招来することになる。

例えば前年度分免税所得金額一〇〇万円、非免税所得金額一〇〇万円右合計二〇〇万円を課税総所得金額とし、今年度の純損失金額一〇〇万円とする。

右の場合、純損失が非免税業務から生じたものであれば非免税所得は零となり免税所得のみが残るから還付税額は前年度の所得税額に近い数額であり(課税対象が課税総所得金額であり超過累進税率である関係上納付税額全額の還付とはならない)、他方純損失が免税業務から生じたものであれば還付額は極めて僅少である(前記同様の理由により還付額が零とはならない)。

かように純損失の性質いかんにより極端な差異を来すところの右立場はいかにも不合理、不公平である。

三、法第三六条の繰戻しは、企業会計における利益準備金の取くずし(商法第二八八条第二八九条)、損失の繰延の制度の税務会計における反映と見ることができるのであるが、前記のごとき原告主張の立場は、企業会計上の純損失の取扱いとしては到底容認されないところであり、これと統一的に把握されるべき税務会計において全く異質の取扱いをしようとする原告主張の立場に果してそれを正当化するに足る積極的理由が存在するかは甚だ疑問である。

四、所得税法上の所得とは、一暦年の期間内における収支計算(いわゆる税法上の期間計算主義)の結果生ずる概念であつて、法第三六条の解釈についてもあくまで同法上の右原則を犯すことなく理解すべく、同条は一暦年に生じた純損失を前年の一暦年に生じた所得額から控除して所定の計算をするというだけの内容をもつに過ぎず、原告主張のように殊更に右期間計算の原則を無視して同法上存在しえない概念を想定して観察し、計算する趣旨ではないこと明らかである。

五、従つて、今年度生じた純損失は前年度分の課税所得金額全体、換言すれば、これを構成する免税所得、非免税所得の割合に応じて平等に負担させることが最も合理的であり、法第三六条の文理並びに趣旨にもかなうゆえんである。

ちなみに、昭和二九年四月以降は法施行規則の改正により同規則第一七条の二が附加され、法第二〇条第一項の免税所得も課税総所得金額中に含まれるものとし、その免税額は免税所得の右総所得金額中に占める割合に応じて算出することになつた。

しかし、これは従来の実務の取扱いを成文化したに過ぎないのである。

六、以上の理由により、原処分庁並びに被告のなした本件処分は適法であること明白であり、原告の主張は理由がない。

と述べ

立証として、証人久田重次郎の証言を援用すると述べた。

理由

一、請求原因第一ないし第五、及び第七の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、原処分並びにこれを認容した被告の本件処分について、原告主張のような違法が存するかどうかについて以下順次判断する。

(一)  先ず、改正前の所得税法(以下単に法という)第三六条、第一三条にいわゆる「課税総所得金額」には、課税事業より生ずる所得(以下課税所得という)のみならず法第二〇条の免税事業より生ずる所得(以下免税所得という)をも併せ含むか否かについて検討する。

法第二条は、居住者である個人に対してはその所得の全部に対し所得税を課するものとし、個人の全所得の綜合課税を原則とする旨を規定し、その課税標準は、法第一三条にいわゆる「課税総所得金額」、課税退職金額(現行法は課税山林所得金額を追加)であるが、右課税総所得金額とは法第九条の計算方法に従い、かつ損益通算並びに純損失、雑損失の繰越控除を行い(法第九条第二項、第九条の二、現行法第九条の三、第九条の四)、その結果得られた利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、譲渡所得、一時所得、雑所得の合計額である総所得金額に対し、各種の所得控除を行つた後の金額である。

右綜合課税の原則に対して例外をなすものが法第六条その他の法令による非課税所得である。これはその所得の性質上、社会的、経済的もしくは租税上の政策的見地から課税することが不適当と認められる所得について非課税とする旨定めたものである。

ところで、免税所得は法第六条各号のいずれにも該当せず、他の法令にもこれを非課税所得とする旨を定めたものはなく、免税所得に対する所得税の免除は、法施行規則第一八条により申告書に免税に関する事項の記載があること、または税務署長による特別事情の認定を要件として認められるものであつて、右要件を欠く場合にはこれを認めないこと等に徴すれば免税所得は国が当初から課税権を放棄したところの非課税所得とは本質的に相異し、本来は課税の対象となる所得であるが前記要件に適合するものについてのみ単に所得税を免除するというに過ぎないから、免税所得も個人の事業所得の一部として法第九条の総所得金額を構成する所得の一種であると解するのが相当である。このことは、非課税所得に関する法第六条が法の第二章課税標準及び税率の前位に規定されているのに反し、免税所得に関する法第二〇条が税率及び税額計算の特例として各所得控除の後位に規定されていることからも窺われるところである。従つて、損益通算、前年以前の純損失または雑損失の繰越控除は免税所得にも適用されることとなり、課税標準としての法第一三条、第三六条にいわゆる課税総所得金額は、免税所得をも包含する右総所得金額に対して各種の所得控除を施して算出した金額となる。尤も右のように解するならば、超過累進税率の関係上、当初から免税所得を除外して所得税の算出をするのに比し税額が若干多くなることがあり、原告はこれは法第二〇条の「その業務から生じた所得に対する所得税を免除する」との明文に反すると主張するが、法第二条、第九条が非課税所得を除き、個人である居住者のすべての所得を課税の対象とする綜合課税主義を原則とすること、法第二〇条は国民経済上重要な新規産業にかかる物産の保護育成を目的として設けられた所得税法上の特別措置ではあるが、同法上の取扱いとして法第六条の非課税所得と同一視すべきではないこと前記のとおりであつて所得税法全体の立場から見るときは結局法第二〇条に「所得税を免除する」という趣旨は飽くまで同法上の右原則に従つた上で本来課税すべき税額を免除するというにあるものと解すべきである。

(二)  次に法第三六条の純損失の繰戻については、原告主張のように純損失が免税業務もしくは非免税業務のいずれから生じたものであるかを区別し、それに従つてそれぞれ前年度の免税所得金額ないしは課税所得金額から各別に控除してその各残額を合計し、右合計額に対する所得税額を、前記控除後の各免税所得、課税所得の比で按分し、課税所得の税額と前年度の所得税額の差額を還付すべきであり、被告の本件処分のように、純損失がいずれの業務より生じたものであるかを区別せず、これを前年度の課税総所得金額中に課税所得、免税所得の占める割合に応じて課税、免税両所得に按分し、課税所得に繰戻すべき額を課税所得より控除してその税額を求め、これと前年度の所得額との差額を還付するのは違法であるとの原告主張について考察する。所得税法上の純損失の繰戻は、損失の繰越控除と同様に、税負担の公平を期するために設けられた政策的、技術的規定であつて、本来税務会計における所得の計算は一暦年毎の費用収益対応による期間計算を原則とするのであるから、或る事業年度に損失が生じても他の事業年度には関係がないのであるが、この損失を全然考慮することなく通常の年度にそのまま税を徴収するのは酷であり、実質的担税能力に応じた税の公平負担という租税政策の根本原則にも悖るので、ここに右期間計算原則の例外としてその損失を当該事業年度の前年度の所得金額から控除し、この損失控除により減少した所得に対する税額と前年度の税額との差額を還付し、もつて税負担の適正を期する制度であると考えられるところ、法第三六条には純損失か免税業務ないしは非免税義務のいずれより生じたものかを区別して繰戻す旨の規定はなく、そもそも純損失は事業の所得計算上損益通算の結果得られるものであるから、これについて左様な区別はなし難いこと、また、原告主張のように、純損失がいずれの業務上生じたものであるかを区別して、免税業務上の損失は免税所得へ、非免税業務上の損失は課税所得へと繰戻すならば、その還付額は純損失の性質如何により皆無に近くなることもあり、或いは反対に前年度所得税額に殆んど相当する額となることもあつて、その間に極端な差異を招来せしめることとなり、公平を失すること等を綜合考慮すると、法第三六条の純損失の繰戻については、純損失の性質に拘わりなく一般的に各所得者に対し公平に損失を繰戻させ、それに従つて前年度所得税の還付をするのが同法条の趣旨に添うゆえんであり、従つて、前年度に課税、免税両所得から課税総所得金額が構成されている場合には、純損失もその両所得の比に按分し、それぞれ当該金額を控除した後の免税所得及び課税所得の合計額に対する税額を算出し、これに対し右合計額中に課税所得が占める割合を乗じ、因つて得た税額と前年分の所得税額との差額を還付すべきものと解するのが相当である。

三、以上の次第で、原処分庁並びにこれを認容した被告の本件処分は適法であること明白である。

よつて、原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)

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